wanshannan’s diary

ドラマ、映画、ゲームの感想を中心にその他のことも書きます。

バンドSPLAYの思い出

2008年12月に解散した、SPLAYというバンドがあった。
大阪出身同級生4人のメンバー。ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムス。
活動期間は約10年、レーベルはポニーキャニオン、事務所はシンコーミュージック

昔「家庭教師ヒットマンREBORN!」という漫画が週刊少年ジャンプで連載されていて、雑誌内では人気漫画の一つだった。
私も例に漏れず好きになった漫画だ。
ジャンプ誌で人気が出ると、必然アニメ化する。
アニメにはオープニング、エンディングムービーがあり、それには音楽がつく。
家庭教師ヒットマンREBORN!」のオープニング、エンディングで流れていたのがSPLAYの曲だった。
それが出会いだった。

オープニングもエンディングも飛ばさないで見るので何回も聴いた。
これはどのアニメを見るときも同じで、習慣のようなものだ。そこで歌詞に引っかかった。

羽がない天使が僕に言った
家へと帰る地図をなくした

おいおい、天使が堕天使になっちゃったの?なんでだよ。

この目が光を失っても僕は描いてみせる
この手が力を失ってでも僕は描いてみせる

え、そんなに頑張らなきゃだめ?
目が光を失うって、失明を意味してると思うんだけど、それじゃ描けないんじゃない?
力失ってるんだよね?出来がよくなくてもやり続けるってむなしくないの?

聴くたびに歌詞が刷り込まれ、疑問符がたくさん浮く始末になった。
そんな風にして、SPLAYというバンドに興味を持ちました。
しかし、曲や歌詞にインパクトがあったりしてひかれた訳ではなく、はてなマークでひかれたのだ。
どうしてこういう、マイナスな雰囲気がする歌詞なんだろう、と。
それと、マイナスだけどプラスも感じるのが不思議だった。「描いてみせる」なんかがプラス。

自宅にあるCDはクラシックかアニソンで、TSUTAYAでバンドのCDをどうやって買えばいいかわからなかった。
アマゾンで1stアルバムを注文して、代引きで料金を支払った。

 

Farewell morning light

Farewell morning light

 

 


今の時点で、バンドのCDを買ったのはSPLAYだけである。
高校生の時、勉強中はこのアルバムをよく聴いていた。どの曲も体によくしみた。
全部の曲を歌えるのに、カラオケにはシングルしかないなー、さみしいなーなどと思っていた。

そして2ndアルバムの発売をバンド公式ブログで知った。またアマゾンで買った。代引きだ。聴いた。驚いた。
ヴァイオリンや金管、ブラスの音が入っているし、ブックレットの写真の雰囲気がSPLAYの曲を可視化したかのよう。
写真は河川敷で早朝、日の光がまぶしく明るい、少しもやがかかったような感じ。
やはりどの曲もよくしみた。
わたしのお気に入りは「まぼろし」です。いや、どの曲もお気に入りですが、あえて言うなら。
この二人の人間関係がどうなっているのか、未だに謎です。
抱きしめることはできないのにキスはしてるの?はてなです。

ライブツアーしたり、ライブCDを出したりしているのをブログで確認していたある日、解散すると記載されていた。
とてもびっくりした。このバンドを知ってから2年くらいしかたっていないのに、もう解散してしまうなんて、悲しいと思った。
シングルもアルバムも間を空けずに出して、これからどんどん上り調子でたくさんの人に知られると思っていたのに、それがたたれてしまう。
ライブへ行きたいと強く思った。しかし長野の片田舎から東京、ましてや大阪へ単身ライブへ行くということは経験なかったし、
当時は月々のこづかいもなく、お年玉やらで生きていた。それ以外の収入は、必要な物を買う際に支給された1000円札のおつりとか。
ライブへ行くにはまず資金を親から調達する必要があったが、ライブへ行きたいから、とねだることができなかった。
できることは、毎日ブログのチェックをすることだけだった。

ヴォーカルの人はリボーンのキャラソンを作っていたけれど、演奏活動は見つけられなかった。
ギターの人は音楽活動しているようだったが、他の2人は全くネット上では見つけられなかった。
しかし、ある日ヴォーカルの人が「ことわざ検定」なるものを手がけていることを知った。
なぜ!音楽じゃなくて!ことわざ!ことわざって商売になるの!?音楽よりも!?
一人で盛大に突っ込んだ。はてなしか出てこなかった。
それからしばらくして最近、ヴォーカルの向井さんを取り上げた、こんな記事を見つけました。

 

www.vice.com

要約すると、高校卒業してからの売れないバンド生活は大変だった。
解散するまで10年やったからもういいか、夢のメジャーデビューもできたし。
解散後、曲を書くのに言葉をもっと勉強したらいいかなと始めた勉強の一つがことわざで、それが仕事になってしまった。

私がSPLAYを知ったのは解散からさかのぼって2年くらいだけれど、
本人たちは10年頑張ってきたんだから、解散もやむなしだったのかと納得した。
それから、ことわざで飯を食べるようになった経緯も知れたので腑に落ちた。

SPLAYは解散して10年になるけど、曲は今聴いてもしみるし、それどころか感動しすぎて動けなくなるので、
これからもしばしば聴いていきたい。
それから、本人たちの気まぐれで、再集結して、何かの機会に演奏しているのを見られたらいいと思う。
いますぐ、ではなく、20年後でもいいんだ。そんなふうに、緩く待っている。

あと、もし私が教員になったら「ことわざ検定」を子供たちに受けさせようと思う。

以上、SPLAYの思い出でした。

 

AFTER THE MELODY ENDS

AFTER THE MELODY ENDS