10/10-15 「天守物語」を観てきた

【10/10-14】

会社行って帰った。12は簿記、13は第九、14は歯を削られてきた。

 

【10/15】

上野へ行って芝居「天守物語」を観てきた。
友人が舞台美術を担当していたのです。
感想。妖怪であっても、この世にいる限りままならないことだってある。

前半は姫路城天守に住んでいる妖怪たちのところへ、遠路はるばる妖怪仲間が訪ねてくる。キャッキャしてる。
後半は姫路城天守に住んでいる妖怪たちのところへ、人間の男がやってきて、富姫(妖怪)といい感じになって、
人間たちに襲われ、負傷するも、何とかなる、という結末。

登場するキャラクターのほとんどが妖怪なのだけど、人じゃないので良くわからない仕草、動作が多々あった。
ある妖怪はずっとうなって貧乏ゆすりをし、大声で動作も大きく飛び跳ねるので動くたびうるさい。
ある妖怪はマリをずっと持っているが、後ろ向きに歩いてくるので必然動きがぎこちない。
ある妖怪は童女設定なのか、常にははしゃぎ、顔に死人がかけるような布を顔に垂らし、ついぞ顔が見えない。
ある妖怪たちは天守から釣り糸を垂らして秋草(植物?)を釣っている。
妖怪みんな死人の首をありがたっているなど。
こういうよくわからないことは「まぁ妖怪だし、これが彼らの普通なんだ」と思えばするっとオッケー。
行動や仕草、趣向の必然性はよくわからない。だって妖怪だから!の一言で説明着くから便利だな。
だって妖怪だから!

キャラクターのしゃべっている言葉が昔の言葉(そうらへば、とか古文をイメージしていただければたぶんOK)なので、
何を言ってるのかよくわからないところも多々ありましたが、いいんです。だって妖怪だから!

役者のテンションや表現力なんかが均一で高く、見ていて楽しかったですよ。
この頃、人々の意見の真ん中というか、妥協点を考えるのがしんどくなってきてて、
「妥協点を考えるのしんどいから世界滅んで。ICBM、大洪水、東京受胎、そうしたらみんな平等だ。」
などと思っていたのですが(明らかにメガテンの影響)、なんだ、妖怪も何でもできてのらりくらりしてるわけじゃなくて、
恋しいと思ったり、目が見えなくなったりするんだな、人と一緒だな、と思うと、
少し気持ちが楽になった気がしました。ままならないのは、人の世だけではない。

あと、友人の仕事だが、彼女の過去作を知っている身からすると「あ、吊るすの好きだな」と思いました。
舞台美術でも、インスタレーション作品でも共通してね。
本当は吊るしてるというのが分からないのが理想なんだろう。
「なんかよくわかんないけど、立ってる、ような、浮いてる、ような」という感じが好きなんだと思う。

見ていてちょっと困ったのが、ある妖怪がメガテンのコッパテングに見えたり、
富姫を見てると「すっくと狐」の小刑部姫がダブったりと、この「天守物語」外のキャラクターが
芝居を観るのに邪魔してくれたことだ。こういう弊害があるとは思ってもみなかった。
あと、有象無象の人間たちの描写にプラスチック?の白い仮面を沢山つるしたもので表現していたのだけれど、
この絵面からアニメセーラームーンのオープニングを思い出してしまい、またしても劇から頭が離れた。
この弊害はいったい何なんだ。もったいない。


終演後は友人と遅めのランチを取り、ソワレ公演を観に来た友人とすれ違い、帰宅した。

 

 

天守物語

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